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いまさらですが11月18日、クラシックコンサートに行ってきました。


関西フィルハーモニー。

第234回定期演奏会

それはそれは贅沢な時間。


こんな本格的なコンサートは初めて(2回目?)だったので
コンサートの感想は、ただただよかったの一言なのです。

が。

ひとつだけ気になることが。

それは……隣のおじさんが居眠りをしていたこと。。。


もちろん、自由です。

僕の視界の隅でコックリコックリと揺れていようが、自由です。

あまりに気持ちよく眠っているので、僕の気持ちがそちらにグッと引きつけられてしまいましたが、自由です。

おじさんの自由です。


思いました。

コンサート中に居眠りをするのは失礼な行為なのかな。

それとももったいないことなんだろうか。

せっかくお金を出してコンサートホールまで足を運んで
どこでもできる居眠りをするなんて……。

目の前で、プロが演奏してくれているのに……。


なんてことをあてどもなく考えていて
ふとこの文章を思い出しました。

以前父に 「能を観ていると寝てしまう」とおっしゃる方がいたんですが、そのとき父は 「寝たら寝たでいい。能楽堂という空間で、謡や雅子を聴きながら夢を見たのなら、その人の心の中でもうひとつの新しい舞台が生まれているということだ」 と言っていました。



出典は小松成美さんの『和を継ぐものたち』。
和を継ぐものたち (小学館文庫)和を継ぐものたち (小学館文庫)
(2010/10/06)
小松 成美

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小松成美さんが喜田流能楽師、塩津圭介さんにインタビューしたときのもの。
上記の文章は、塩津さんの発言からの引用です。

以前に読んだときは
「能楽師に向かって、能を見ていると寝てしまうなんて、大胆なことを言うなー」
くらいで軽くスルーしていましたが
あらためて読み返してみると、とても深いことを言われているんだと感じました。

上記の発言は、塩津圭介さんのお父上の
個人的な考えかもしれませんが……。

芸術って、そういうもんだと思います。

なんていうか、せせこましくなく大らかというか。

どんなものでも呑み込む力があるというか。


考えてみると、僕の隣に座ったおじさんは
オーケストラの生演奏を聴きながら眠るという
「王侯貴族かっ!」とツッコミたくなるような贅沢なひとときを過ごしていたわけです。

これはこれで、すごい体験。とてつもなく贅沢。

どんな夢を見てたんだろう…?


貧乏性な僕は
「五感をフルに使ってコンサートを楽しみたい!」と思ってしまうので
コンサート中に居眠りをする境地に達するにはまだまだなれそうにありません。


実のところ。

隣で居眠りをしているおじさんを見て
責めるような、非難めいた気持ちが全くなかったわけではありません。

でもそれは、演奏者なり関係者なら思う資格があるかもしれませんが
いち観客である僕がそんな気持ちになるのはおかしな話です。

べつにいびきをかいていたわけでもなし。

なんだろう、学校で教えられてきた
「授業中に居眠りするな」信仰みたいなものがまだ抜けきっていないんでしょうか。

鑑賞法に、正解なんてないのに。


……まあ、いろいろと考えてみましたが
実際のところおじさんは、ただ疲れていたから寝ただけのことかもしれません。

金曜日でしたし。。。



そんな喜びと楽しみと学びに満ちたコンサート。

次は
2011年12月11日 (日)
「第九」特別演奏会

に行きます!

「第九」の合唱を生で聴けるのが
楽しみで仕方ない…!
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ここ数ヶ月、『思考は現実化する』という本をチマチマと
一日数ページくらいしか読んでいないようなスピードで読んでいます。


「体験がなければ本から学べることは少ない」
という考えがあるのは知りつつも

いまのうちに、名著と呼ばれる本には
目を通しておきたいと。やっぱり時間がかかるんですよね。


今回はそんな名著から
"お金"にまつわる文章を引用してみようと思います。


以前の記事で、
「お金で世の中の99%は買える。
でも幸せになるために必要なのは残り1%のほう」
……かもしれないと書きました。

それについて『思考は現実化する』のなかで
興味深い考察を見つけました。

以下、引用です。

多くの物やサービスは金で買える。しかし、心は取り残されて、乞食よりももっとひどい不幸のドン底にまで落ちてしまうのだ。いかに巨大な「富」でも、その巨大さを「心」と比べれば、一パーセントにも満たないだろう。つまりすべては金で買える、といったところで、その「すべて」というのは心から見れば一パーセント程度のもので、残りの九九パーセントは金では買えない「心」が占めているのだ。ただ心は目に見えないので、人々は一パーセントしかない物やサービスをすべて、つまり一〇〇パーセントの存在と誤解してしまっているのである。



幸せに人生を生きていくためには
”お金”と”心”、どちらが大きなウェイトを占めているのか。

他人のことを考えたとき、

”心”はどうやっても見ることが出来ないから
どうしても、見ることが出来る”お金”を100%の目安に考えてしまう。


でも自分の人生を考えたとき、どうだろう?

他人ではなく、自分の人生を考えたとき。

”お金”と”心”の割合はどうなるだろう……?

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『金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント』にこんな一節があります。
金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント
(2001/06/27)
ロバート キヨサキ

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そのあと金持ち父さんはこのゲームの基本を教えてくれた。
「資本主義というゲームの基本は『だれがだれに借金をしているか?』ということだ。ゲームを知ってはじめて優秀なプレーヤーになれる……何も知らずにゲームに参加してもみくちゃにされただれかさんのようにならなくてすむんだ」
「お金を借りている相手が多ければ多いほど、きみは貧乏になる」金持ち父さんはそう続けた。「反対にお金を貸している相手が多ければ多いほど、きみは裕福になる。これがゲームの基本だ」
前にも言ったように、私はいつも頭を柔軟にしておくように心がけていた。だから、金持ち父さんのこの説明もだまって聞いていた。金持ち父さんはお金を借りる人が悪いとか、貧乏な人が悪いとかそんなことを言っていたのではない。ただ、この「お金のゲーム」について自分なりの考えを述べていたのだ。



お金って何なんでしょう?

「経済学的には……」

とか

「投資の視点から考えると……」

などなど切り口次第で、いくらでも答えはあると思うのですが……。


「”あなたにとって”お金とは何ですか?」

と尋ねられたとします。

その場合の答えって、”お金”に限らず
人生観を反映したものになると思いませんか。


「幸せになるための条件だ」

「目的を達成するための手段だ」

「生きていくために必要なものだ」

「生きがいだ」

と、ひとの数だけ答えがあるはずです。


この質問に対する答えに優劣はありません。

好悪があるだけです。


なので、どんな答えでもいいのですが……

問題なのは「明確な答えをもっていない」こと

だという気がします。


「”あなたにとって”お金とは何ですか?」

と質問されたとき、その場かぎりの答えをしてしまうこと。

これは怖いな、と。


そうなってしまうと、ただただお金に振り回される人間になってしまいそうです。

お金がないときは、「世の中、お金じゃないんだよ」とうそぶき
お金を掴んだら、無目的にお金をばらまく、というような。

高級車を買う、豪遊する、スイートルームに泊まる、などなどは
大もうけして天狗になったひとの典型的な行為として描かれます。
が、それを目的にお金を稼いできたひとにとっては大事な目的ですよね。

でも、何も考えずにただお金が手元にあるからという理由で
そうした行いをするのは、なんとなくむなしそうです。

……ひがみかな。


”お金”というものは、
その性質上非常に感情的なモノで
扱うのに注意がいります。

学校教育では、まず教えてもらえませんよね。


お金、というか貨幣・通貨の経済学での定義は

「価値の尺度」 「価値の保存」 「交換の手段」

ですが、それ以上のさまざまな意味が含まれています。

普段の生活のなかでは。


お金はお金であって、それ以上でもそれ以下でもない。

……わけではありませんよね。


なので、しばらく”お金”と向き合ってみようと思います。

自分にとって”お金とは何なのか”。

自分の人生にとって”お金の立ち位置はどこなのか”。

自分の人生で”お金に対する理想の状態とはどのようなものか”。

自分のなかで”お金より大切なものは何か”。


「お金のために生きる人生」なんてゴメンですが
後からふりかえってみると結果的にそうなっていたという可能性もあるわけで。

しっかりとゆっくりと向き合っていこうと思います。

長期的には

毎月一冊はお金関係の本を読んでいく

を目標に。

30歳とか40歳くらいまで継続的に。


短期的には

年明けまでに重めの投資本を10冊ほど読んで
自分のお金をリスクにさらしてみようと思います。


お金に対しては、二者択一的な考え方がわかりやすくて

「お金持ちだけど性格悪い人、貧乏だけど性格がいい人
 結婚するならどっち?」

みたいな感じだとシンプルでいいのですが

現実はその間、そこでどうバランスを取るか、ですよね。
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「一冊の中に、一ヵ所でもこころに残る文章があれば
 その本を読んだ価値はあったのだ」

読書法の本を読んでいると、よく見かけます。


一ヵ所だけって、どうなんだよー?

と思ったりもしますが、
今回はまさにたった一節に心を揺さぶられた次第です。

それがこちら。

このころのスローガンは、ずばり「感性だけはどんなときも腐らない」。
「あなたが転んでしまったことに関心はない。そこからどう立ち上がるかに関心があるのだ」と言ったリンカーンの言葉に、私は感性磨きというかたちで応えようとしたのだと思います。



「あなたが転んでしまったことに関心はない。
そこからどう立ち上がるかに関心があるのだ」


このリンカーンの言葉に。


いやほんと、成功か失敗かという尺度でしか
世の中を見られないとしたら、散々なことになっていると思うんです。

成功することよりも失敗することの方が圧倒的に多いわけですから。

転ぶこと自体にたいして意味はないんです。
……まあ、本人にとっては大ありですが。

少なくとも他人の失敗に関しては。


「あいつは失敗したから終わったな……」
という判断は、どうでもいいことなんです。

自分が誰かの失敗に対してそう思うのは論外ですし、
他人が自分の失敗に対してそう言ったとしても気にしない。

行動していたら、転ぶこともありますよ。


大切なのは、転んだ後にどう立ち上がるか。

どう立ち上がるか。


失敗は苦いものですし、
できれば関わりたくないですが。。。

それはあくまでスタート。


肝心なのは
なぜ失敗したかではなく
(もちろん反省し教訓を得ることは大事です)

どう立ち上がるか。


さすがはリンカーン。

実際転んだことの方が目立つんですよね。
「○○が百万円株で失う!」とかのほうがニュース性がありますし。

翻ってどう立ち上がるかは
地味でスポットライトが当たらないものです。


でもだからこそリンカーンは
「あなたが転んでしまったことに関心はない。
そこからどう立ち上がるかに関心があるのだ」

と対比させることで、どちらがより本質的なものなのかを際立たせているんだな、と。


目立つ方についつい目がいってしまいがちですが
この姿勢、忘れちゃいけないものですね。

自分に対しても、ひとに対しても――。
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【本】金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント ロバート キヨサキ 筑摩書房
金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント
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ロバート キヨサキ

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金持ち父さんシリーズ、2冊目。

やっぱりすごく勉強になる。

会計の勉強をしてきたはずなのに、その概念を自分の人生に生かそうという発想は
普通に勉強をしているだけでは持てなかった。それってもったいない。


まずは、Amazonの紹介を。

ミリオンセラーになった『金持ち父さん貧乏父さん』に衝撃を受けながらも、どこか割りきれない思いを抱いた人は多いかもしれない。第2弾である本書は、さらに論を進めて、実際に「経済的な自由」を手に入れるためにどんなプロセスを踏めばいいかをテーマにしている。「金持ち父さん」の教えを実践しようという人にとって待望の書であり、それ以外の人には、お金や仕事に対する自分のこだわりがどこにあるかを気づかせてくれる1冊となるだろう。

「金持ち父さん」と「貧乏父さん」の教えを軸にした展開は前作と基本的に変わらない。ただ今回は、E(従業員)とS(自営業者)、B(ビジネス・オーナー)とI(投資家)の4つのクワドラントからなる「キャッシュフロー・クワドラント」という図を採用。それぞれのクワドラントに属する人のお金や仕事に対する考え方の違いを論じ、E、SからB、Iのクワドラントに移行するためのアイデアを提案している。最終のゴールとするB、Iのクワドラントについては、そこで成功するための指針を示している。

著者によると、この4タイプの人間の違いは、働くのは自分か他人か、お金は誰がどこからもたらすのか、といった考え方の違いが根本にあるという。自分が属するクワドラントを乗り越え、希望のクワドラントに移行するための手段は、本シリーズ最大のポイントにもなっている「ファイナンシャル・リテラシー(お金に関する数字や言葉を理解する力)」の修得に尽きる。税金、資産、投資、負債、貸借対照表などのトピックスをタイプ別に読み解く著者のリテラシーは、今回も新鮮な驚きをもたらしてくれる。

ただ、リテラシーを獲得した後にどのタイプを選ぶかはそれぞれの価値観にかかわる問題である。著者がそこに踏み込んで、BやIを優位においたのは誤解を招くところだろう。働きがいや自己実現などの「ゴール」もまた無視できない。その点でB、Iがどうなのかも著者に論じてほしいテーマである。(棚上 勉)


なんというか、最後の段落は後から付け足したフォローのような気がしてなりません。
書かれてあるとおり、本書はさらっと読んでしまうと誤解してしまうところがあります。

それは、4つのクワドラントに対する認識。

初めのうちは、

人間は一人ひとり異なるし、四つのクワドラントのうちどれがいちばんいいとか、どれが一番大事だというわけでもないから、どれを選ぶかはあなた次第だ。



4つのクワドラントに優劣はないと。
ただ、相性があるだけだと書いてあります。

……はじめのうちは。


しかし、読み進めていくにつれ
すべてのひとが、投資家―Iクワドラントを目指さなければならない、となっていきます。

理由は投資家にならないと、お金でお金を生み出せないから。

でもこれ、向いていないひとが目指すとなると台無しですよね……。


さらに加えて、Amazonの紹介では
『「金持ち父さん」の教えを実践しようという人にとって待望の書』
とありますが、

具体的に実践に移すために活用できる方法は、
本書のなかには、ほとんどありません。

どちらかというと、本書も
一冊目と同じで、原理原則を書いた本だと思います。

抽象的、概念的な話が多いです。


そのなかでも唯一誰でも実践できそうなのって
ネットワーク・ビジネスくらいなんですよね。

著者のロバート・キヨサキさんは、本書のなかで
積極的にネットワーク・ビジネスを推しています。


ネットワーク・ビジネスについては、いろいろな考え方があると思いますが……

少なくともロバート・キヨサキさんが本書で紹介しているような
ネットワーク・ビジネスは、いまの日本には存在しない気がします。。。


自分の感想としては、ネットワーク・ビジネスは
”人間関係をお金に換える”仕組みだと思っています。

ネットワーク・ビジネスで稼いでいるひとも
反対に友だちがいなくなって、おまけに商品も売れなくて困っているひとも知っています。

どちらのひとにも共通していたのは
まわりからの評価は地に墜ちてしまう、ということ。

ネットワーク・ビジネスの内部でのつながりは増えるでしょうが、
一方で、それまでの人生で築いてきた人間関係がズタズタに。

そして、ネットワーク・ビジネスは
そのシステム上、永続することは困難なのでいずれなくなってしまうでしょう。

そうなった場合、ネットワーク・ビジネス内のつながりしかないひとはどうなってしまうのか…?

いくら仲がよくなったとはいっても、結局は利害関係の結びつき。

………。

ということを考えると
僕はネットワーク・ビジネスをしてみようという気にはなれません。

なんていうか、いま自分の周りにいる友だちって
人数が少ないぶん、すんごく大切な人たちなんですよね。
そこに利害関係は持ち込みたくないなぁ。

もちろん幸せにネットワーク・ビジネスを利用しているひともいるのでしょうが
自分にはできそうにありません。



閑話休題。話を本に戻します。

本書を読むと、

「よし! 投資家を目指すぞ! お金でお金を稼ぐようになるぞ!」

とテンションが上がるのですが、

冷静に考えてみると、著者のロバート・キヨサキさんは

父親は後にハワイ州の教育長になるほどの人物。
そして小学生のころ、友だちの父親(金持ち父さん)から
お金持ちになるための英才教育を受け、定期的にアドバイスをもらい
そして海兵隊に入り、ゼロックスに就職し、起業。
そして一時はホームレスとなりながらも、そこから投資家への道を進む。

という人生を歩まれています。

その途中、結構なお金を稼いでいるのですが
最終的に不労所得が生活費を上回ったのは
47歳のことなんですよね。

キャッシュフローゲームでいうところの脱ラットは47歳。


冷静に考えろ、自分。

小学生のころ、まだ金持ちになる前の金持ち父さんが
ハワイで最も成功する金持ちになる過程をすぐ近くで目撃し、

そしてその金持ち父さんから、金持ちになる方法をじかに教えられ
その教えの通りに人生を歩んでいったロバート・キヨサキにして
ようやく47歳で実現だぞ。

ロバート・キヨサキ以上の師匠を見つけることが出来るのか?

ロバート・キヨサキ以上のキャリアをこれから歩むことが出来るのか?



なぁんてことを考えると、道は遠くけわしいなーと。


ファイナンシャル・インテリジェンスは
これからの時代、確実に必要になってくるでしょう。

なので知恵を磨くことは忘れない。

と同時にそう簡単に望む姿には到達できないということも肝に銘じておく。

すぐに結果が出ないとイヤになりそうですが
これについては、確実に長期戦になります。

いかに継続して勉強し、実践していくのかがポイントですねー。
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セミナーで知り合った方のススメで
ロバート・キヨサキさんの「金持ち父さん、貧乏父さん」を読んでいます。

金持ち父さん貧乏父さん金持ち父さん貧乏父さん
(2000/11/09)
ロバート キヨサキ、シャロン・レクター(公認会計士) 他

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オススメされたのは、2冊目の「金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント」でしたが、
1冊目から復習の意味を込めて熟読し直しました。

金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント
(2001/06/27)
ロバート キヨサキ

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で、現在はキャッシュフロー・クワドラントを読み終わったと報告したところ
さらにオススメされた「金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法」を読書中。

金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法金持ち父さんの若くして豊かに引退する方法
(2003/07/11)
ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター 他

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そして、一昨日、「金持ち父さん」でも紹介されいてる
キャッシュフロー・ゲームという、ロバート・キヨサキさんが作られた
お金の勉強ができるボードゲームをしてきました。


わかりやすく
金持ち父さんの世界に浸っている最中なのですが

何かぬぐいきれない違和感が。


発想も概念もよくわかるし、不労所得を増やしたいという気持ちもある。

でも、なにかが変な気がする。


その小さな違和感の正体が、キャッシュフローゲームをするときに知り合った方達と話をしていて
ようやく見えてきました。

結論から書くと、

金持ち父さんの思想の根底を流れているものは

「労働懲罰説」

だと自分が感じているいうことがわかってきました。


ひろさちやさん曰く

欧米人の考えの基本にあるのは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に共通して見られる「労働懲罰説」です。労働は、神が人類に課された課題だ、と、彼らは考えています。


一方、日本人はどうかというと

ところで、わたしは、日本人の労働感を
――「労働神事説」
と名づけています。
(中略)
働かないと神さまに申し訳ない……と、日本人は思っています。


参考:
仏教と神道―どう違うか50のQ&A (新潮選書)仏教と神道―どう違うか50のQ&A (新潮選書)
(1987/10)
ひろ さちや

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この考え方はすごく腑に落ちます。

日本人が働くことを神事と捉えているのかはわかりませんが、
少なくとも自分のことを考えたとき、働くことを懲罰と考えたことはありません。

懲罰というよりは、もっと前向きに捉えている気がします。

食べるために働く、という面はたしかにありますが
それでも懲罰ではない。


「金持ち父さん」シリーズの内容を、なぜか受け入れがたく感じていたのは
そこが気になったのかもしれません。

全面的に納得しているのに、
「でも、世の中金じゃないもんね!」
といきがってしまいたくなるというか……。


結局のところ、お金があれば世の中の99%以上のことはなんとかなるよなぁ、と正直思います。

でもそれと同時に、幸せになるためには
お金では手に入れることが出来ない1%にも満たないものの方が重要かもしれないなぁ、とも。


別に「金持ち父さん」に書かれている内容に反発したところで
何の意味もないことはわかっているのに、ケチをつけたくなる……

その理由が自分のなかで解決したので
ようやく、いちゃもんをつけずに素直に活用していくことが出来そうです。

僕はどちらかというと、
「価値が計り知れないものには、値段をつけることは出来ない」と
考える武士道の世界観が好きなんですよね。

参考記事:【本書評】武士道


生活の不安に怯えて生きていくのはつらいので
不労所得を得る方法を常に模索していく。

一方で、無償で自分にできる貢献も行っていきたい。


お金、という視点だけで考えると矛盾していますが、
自分の人生のなかでは矛盾していないなぁ、と。



自分の中の軸をはっきりと自分自身が理解していないと
よくわからないところでつまづいてしまう。
違う考えのひとから学ぶことが出来にくくなってしまう。

ということを、この小さな違和感から学びました。

枝葉末節でひっかかってしまっては
本質を掴むことは出来ませんよね。

本質の方が大事なのに、ひっかかってしまいやすいのは枝葉末節という……。
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プロフィール

 

ぼってぃー

Author:ぼってぃー
キノキョウ-昨日より今日、今日よりも明日少しでも前進、向上!

税理士試験、受験生です。
昨日よりきょう、少しでも成長していきたいと思っています。ここでは主に本の紹介をしています。

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