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【本】わたしが芸術について語るなら 千住博 ポプラ社
わたしが芸術について語るならわたしが芸術について語るなら
(2011/02/15)
千住博

商品詳細を見る


Amazonの内容紹介より。

「芸術」と聞くと、何が頭に浮かびますか?
 絵画や音楽、映画、文字を通して他人への思いを伝えること――それが芸術の大きな役割。人と人が仲良くする知恵でもあるのです。
十代の子どもに向けて語りかけた内容を、おとな向けに再編集。
可能なかぎり易しい言葉で、最高の内容を伝える「芸術についての入門書」。



2011年もあと二日。

この時期はやっぱり来年をどういう年にしたいか考えてしまいます。


大きなテーマをいくつか設定しつつありますが
そのうちのひとつが”芸術”

しかし一口に芸術といっても
茫漠としていてつかめない。

……ので、本書で学びます!


本書の紹介はAmazonさんに任せるとして
 (本の書影をクリックするとAmazonにとびますので)
芸術とは何か、ということについて。


本書のなかでもたびたび
「芸術とは……」という言葉が見受けられます。

堅苦しくない平易な言葉で。

多くのひとに響くよう、切り口を変えて。


そのなかで僕がいちばん納得したというか
憑き物が墜ちたような気持ちになった言葉を引用します。

つまり、芸術というのは人間の人間に対する問いかけ、伝達不可能と思える内容のコミュニケーションなのです。


まずここでハッとします。

芸術とは、コミュニケーションだと。

偉大な芸術家から”わたし”に対する問いかけなんです。

「私はこう思うけれども、どう思う?」という、自分もわからないけれど相手もわからないかもしれない、おおよそすべての森羅万象に関する、何とも言いがたいような思いをなんとか伝えようとすること。



こう考えると、芸術がグッと身近に感じられませんか?

誰か、すぐれたセンスにあふれているひとが
ただ自分の思いをぶちまけるだけでは意味がなく。

その作品を味わう”わたし”がいて、初めて成り立つものなのか。

という新鮮な驚きがありました。


……考えてみると、レオナルド・ダ・ヴィンチ以上の
卓越した能力をもった人間がいたとしても

「この作品は誰かに見せるためのものではない!」

みたいなことを言って誰にも見せなければ
それは存在していないことと同義ですもんね。世間的には。


芸術とはコミュニケーション。

そこが本質であり、忘れてはいけないこと。

テクニックなどは評価の対象にはなるのでしょうが
いくらテクニックが優れていたとしても、消えていった作品は無数にあるのでしょう。

…これまではテクニックにしか目が向いていなかったかもしれない、と反省中です。

たしかに言葉では表現できない”なにか”が迫ってくる経験はありました。
しかし、うまく言語化できないので
テクニックを理解して強引に納得しようとしていました。

もやもやしたものを、自分の中にとどめておくのは
たとえ嬉しいことでも
そしてもちろん悪いことも
負担になります。


芸術作品から受け取るそのもやもやは
芸術家が伝えようとしたものであり
芸術家のイマジネーションそのものなのかもしれません。

もしくはその作品に触発されて
勝手に自分で妄想しているのかもしれません。

……。

それはわかりませんが

芸術とは

見た(聴いた)

あの色遣い(メロディ)が素敵だよね

終わり

ではなく

見た(聴いた)

受け取る

読み取ろうとする(聴き取ろうとする)

読み取ろうとする(聴き取ろうとする)

読み取ろうとする(聴き取ろうとする)

……

という感じなのかな、と。


芸術作品というと
それだけでありがたがってしまいそうですが

作品が存在する以上、作者は何かを伝えようとしているはずです。


それは何なのか。


何を訴えかけているのか。


作者はその作品に何を託したのか。



いままでは、ただありがたがっていただけなのかもしれません。自分は。

……触れることはあっても、見ていなかったのかなぁ。



芸術作品からそのメッセージを読み取ろうとする。
それはそのまま日常生活にも通じる姿勢だと思います。

相手の何気ない一言、ふとした拍子に見られる仕草……。

芸術作品と向き合うほどの緊張感と真剣さで
ひとと向き合うことができれば、
わかりあえる確率がグッと高まりそうです。

――なんとなく
「芸術なんて何の役にも立たない!」
という声が聞こえてきそうなので
念のために書いておきました。

個人的な感想ですが
芸術を愛するひとには
共通して懐の深さを感じます。

そうしたものはあくまで副産物であり
即物的な効果を期待するものではないと思いますが……。



と、いろいろと書いてきましたが
結局のところ、芸術に対する考え方は十人十色、
人間の数だけ存在する可能性は高いです。

ただ僕にとっては、著者の千住博さんの考え方は
学びに満ちていました。

視野を広げてくれる、オススメの一冊。

年末年始にどうぞ! と言いたかったのに
もうはじまっています(汗)。

来年は芸術に浸ってみませんか?


もしすでに読まれている方は
本書を読んで芸術熱が高まっているこの時機を逃さずに
この本を読んで下さい。

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2012年は美術展の10年に1度の当たり年。
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世界でも真作が数えるほどしかない大物画家の作品が来日します。
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約100人の画家とその名品をテーマ別に3つの章に分けてご紹介。
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【特別付録】
2012年 必見の美術展ハンドブック


2012年がはじまろうとするまさにこの時、
手帳に行きたい美術展を書き込んでしまう。

素敵な新年の始め方です。


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2011年も残すところあと12日。

今年は早かったような短かったような、何とも言えない年。

いろいろあったなぁ。


目標を立てるときとして
最もポピュラーなのはお正月です。

でも冷静に考えてみてください。

お正月で浮かれた気分のときに決めたことを
はたして一年間意識できるでしょうか……?


否。

だいたい計画倒れに終わると思うんです。

そして
「せっかく計画を立てたのに、実行できない自分って…」
と自尊心を落としてしまうことにもなりかねない。


…と書くと大げさですが
やっぱりお正月に立てた目標ってなぜかできないんですよね。

そこで考えました。


どうすれば、お正月に立てた目標を達成できるのか、と。


前倒しにすればいいんです!


というわけで最近気になっていた『百人一首』の暗記を始めました。

種本はこちら。
こんなに面白かった「百人一首」 (PHP文庫)こんなに面白かった「百人一首」 (PHP文庫)
(2010/04/01)
吉海 直人

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なぜ百人一首か。

それはtwitterも目じゃない
濃密な世界に触れてみたかったからです。

たった、あれだけの文字数でいかに多くを語ってくるか。


百人一首にしても論語にしても
小学生や中学生のころに習ったものを
歳を取ってから勉強し直すと、やけに面白いんですよね。

年輪を重ねるにつれ理解できるというか。
まあ、僕の年輪なんて薄っぺらなものですけれども。


そもそも百人一首なんて、恋や無常を歌ったものが多いんです。
それを小学生が理解できたら、それはそれでこわくなりますって。


現在10首目まで暗記完了。

このまま進めていけそうになったのでブログに書きました。


百人一首と聞くと、
”百”という数字に心が折れそうになりますが
一日一つをコンスタントに続けていけば、おそらく達成できます。


本来は毎日続けるということが
最も大きなハードルとなるのですが……

今回はすでに習慣となっているものにくっつけることで
乗り切ることができそうです。


習慣となっているもの。ランニングです。

どれくらいの距離を走ったかをtwitterで投稿しているのですが
その後ろに一首つけ加えるようにしています。
 (iPhone様々!)

たまに投稿できていないものの
これだと暗記を続けていけそうです。

毎日走るわけではないので、百首をひとまわりできるのは
4月くらいになるんですかねー。

うーん、ちょっと気が遠くなる。
でも意外とあっさり達成できるかな。


そういえば、ランニングの年間走行距離をはじき出す季節です。

【目標】ランニングを通しての寄付活動の中途報告!

「応援する非営利活動に寄付をする」という目標。
赤十字など、大きく寄付を募っている団体以外にするのは初めて。

これもランニングにくっつけた目標です。


新年に目標を立てるというのもオツですが
年末の今、目標を立ててスタートダッシュを成功させるのも
オススメですよ!?
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ひとによっては不快に感じるかもしれませんのでお気をつけください。




「ショッキングピンクを思いついたひとは、こういう光景を見たのかな」

 というくらいに鮮やかなピンク。

その場違いな派手さは、目に焼き付きました。


毎朝ランニングをしていれば
動物の死体を見かけること、年に数回はあると思います。
……東京ではないのかな。


たいていは車にはねられているのですが……。

今朝見つけたものは、ネコの死体。

それも焼かれている状態の。

焼かれているといっても
黒こげではなく、ただれているという表現が当てはまるような。

そんな死骸。

見るからにひとの悪意で殺されたのがわかってしまう。。。


時刻は午前8時30分。

場所は公園。

その公園は大きな公園で
野球場やテニスコートがある場所です。

野球場では子どもの野球大会が行われるみたいで
和気藹々とした雰囲気。

そこから200メートルと離れていないところで
ネコが殺されている。

このギャップがきっかけで
いろいろなことを考えました。考えさせられました。


とりあえずは、子どもに見せるのはよろしくないと思えたので
公園の管理人さんに報告。

動物の死体を見るぶんには構わないと思いますが
人間の残酷さは見せたくない。

チビッコがよく遊んでる場所なんですよ。


その後もランニングをしていたのですが
いろいろな考えがぐるぐると回っていました。

自分は何に残酷性を見出したのだろう?
もしかして老衰で死んだネコを火葬しようとしただけかも?
いやいや、それなら道の真ん中に放置しない。

とか

最近近くで通り魔があったけど、物騒になってきたな。

とか

もし焼かれていることにショックを受けているというなら
焼き肉はどうなる?牛の死体を焼いているじゃないか?
何が違う? 
野良猫か食用に飼育された牛か。そこか?
それとも猫のことは愛玩動物として認識しているからか?

とか

もし食用かどうか、という基準で考えているとしたら
その考えの方が残酷じゃなかろうか?
フォアグラなんて、相当残酷だろうに
高級食材として嬉々と食べている。
それは残酷じゃないのか?

とか

手塚治虫の『鉄腕アトム』に
地球人そっくりの宇宙人がやってきて
その宇宙人は宇宙でも作ることができる
ちりやほこりを成分としたものを食べていて
動物を食べている地球人を見て
「野蛮だ」として仲違いをするような回が
あった記憶があるけど、すごくドキッとする内容じゃないか?

とか

ベジタリアンはそうした人間のエゴをよく見つめているのかもしれない。
野菜も同じ生きものだ、という論点はあるだろうけど。

とか

いつも牛丼を美味しく頂いているけど
いつかは、牛肉処理場の見学に行ったほうが良さそうだ。
どういう過程があって、自分の前に来ているのか知っておいたほうがいい。

とか

屠殺(とさつ)って、変換できないんだ。

とか……。



結果、結論なんてものは出ませんが
あえて結論のようなものを出すなら

ご飯を食べる前は「いただきます」と言う

ですかね。


こうした小さなことが結局は大事なのかもしれません。

「いただきます」には
料理を作ってくれたひとへの感謝の気持ちもさることながら
他の生き物の命を"頂いている"という
ニュアンスも込められていると思うんです。


キリスト教には食前の祈りがありますし
おそらくどのような民族・文化でも
そうした行為はあると思います。


……こうしたことを結論にしようとする自分は
焼かれた死体を見て
「命の尊厳」のようなものが踏みにじられているのを感じたのかもしれません。




ネコの死体を見たことも
いろいろと考えたことも
早晩忘れてしまうとは思いますが……

焦げた毛の中からのぞいていた
鮮やかすぎる舌の色は、しばらく忘れそうにありません。
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ぼってぃー

Author:ぼってぃー
キノキョウ-昨日より今日、今日よりも明日少しでも前進、向上!

税理士試験、受験生です。
昨日よりきょう、少しでも成長していきたいと思っています。ここでは主に本の紹介をしています。

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