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【本伝記】ホンダをつくったもう一人の創業者 受け継がれる藤沢武夫の教え
【本伝記】ホンダをつくったもう一人の創業者 受け継がれる藤沢武夫の教え 大川滋 マネジメント社
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以前から何度も書いていますが…
ナンバーツーが好きなんです。
縁の下の力持ちというか…。
決してスポットライトは当たらないけど
なくてはならない存在。
華々しい存在であり、”顔”とも言える
トップとは、また違った魅力にあふれているんですよね。
優れた名経営者には必ず優れたナンバーツーがいます。
これは名経営者に限らず、歴史上の偉人にも同じことが言えますよね。
どれだけ優秀な方でも、ひとりで立っていることなんてありません。
ただ周りからは見えないだけで、
必ず多くの人に支えられています。
まわりに優れた人が集まってくるのも
トップの条件なのかもしれません。
前置きが長くなりましたが、藤沢武夫さん。
「ホンダ」といえば本田宗一郎さんを真っ先に思い浮かべますが
こと経営という観点から見たとき、浮かび上がってくるのは藤沢武夫さんです。
本書からの引用です。
しかし、本田宗一郎をとば口にホンダという企業を突き詰めていけばいくほど、別の人物の影が日増しに大きくなっていった。ホンダの大番頭であった藤沢武夫さんの姿だ。
技術は確かに天才・本田宗一郎の独壇場だ。だが、ホンダを企業として改めて見直してみると、「藤沢商会」だったのである。
もちろん本田さんがいなければ「ホンダ」は存在しないでしょう。
本田さんの技術があったからこそ、戦後の混乱期も乗り切ることができたのでしょう。
これについては言を俟たないはずです。
ですが、もし藤沢さんがいなかったら?
…今日の「世界のホンダ」は存在していなかったでしょう。
ふと思ったのですが、
本田さんと藤沢さんは肩書き上は社長、副社長という関係でしたが
実際はCTO、CFOという関係だったんじゃないかと。
…細かく見ていけば違うところはたくさんあるだろうし
会社に関わる重要な決断を下したのは本田さんなのでしょうが。
こう捉えたほうがふたりの関係を理解しやすいんじゃないかな。
つまりはふたりの関係は対等だったということ。
ではなぜ、本田さんにスポットライトが当たり
藤沢さんには当たらなかったのか。
実質的に本田・藤沢のツーマン経営であったにもかかわらず、本田さんひとりがスポットライトを浴び、藤沢さんは太陽の陰に隠れる月のような存在に甘んじたのは、ひとえに藤沢さんがそれを望んだからである。
……なら僕が紹介するのも望まれていないのでは?
と考えたりもしますが、歴史のなかで風化させるにはあまりにもったいないですよ。
「経営はシンプルに」を信条とする藤沢さんの従業員に対する考え方も非常にわかりやすい。そこにあるのは、とってつけたような企業論ではなく、嘘偽りのない人間幸福論である。幸せとは何か。仕事とは何か。藤沢さんは常に真実をわかりやすく語る。
「企業活動と個人の幸せがどうつながるか。あたしは、従業員みんなが共同体として幸せを共有できる組織体でなくちゃならないと思っている。その最初が本田と私で、ふたりの幸せの渦の中にみんなを巻き込んでいきたい。そうなるための最短距離の方法論をみんなで考えよう」
藤沢さんに限らず、過去の名経営者の言葉が重いのは
自分で生み出してきたからなのではないでしょうか。
昔はいまのように情報が氾濫しておらず
ひとつひとつを自分で考え出さなければいけない。
…そうしたなかで出てくる言葉は
今の言葉よりも重いと思うんです。
重みが違うんです。
だからこそ僕は惹きつけられるのかな…。
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