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とっしーさんからのコメント!

コメントをもらえたとき。

やっぱりうれしいです。

その内容が、違う視点を提供してくれるものだったり
前を向かせてくれるものだった場合はなおさらです。


「コメントを書く」ということは、
たださらっと読み流すだけの場合とは違い
コメントを書くための労力が生じます。

なので、記事を読んで労力をさいてくれた、
ただそれだけで十分すぎるほどうれしいことなんです。


だからこそ、コメントを書いたのに
なぜか書き込めないなんてことはあってはいけないことです。

……失礼にもほどがあります。


なのですが。あってはいけないことが頻繁に発生してしまうようです。

これは対応しないと……!

今回は臨時で、とっしーさんからの誠実なコメントを
記事扱いで取り上げて、返信しようと思います!
以下、とっしーさんからのコメント。
コメント先は、
【本ドラッカー】最大の罪とは? (注:重いです)
http://botty1.blog64.fc2.com/blog-entry-514.html
です。


名前:とっしー
Title:すっごい長~いコメント失礼します

おお、きましたね、ズシっと・・。

ここで一つ思ったのは、「善」と「悪」の概念について。

「善」と「悪」の概念というのは、個人個人に帰属するもので、人間が生来生まれながらに持っている共通の概念ではないということです。

ヘンシュとシェイファーは、ナチスに肩入れし、確かにユダヤ人に対して直接的・間接的に、迫害的な行為に及んでいたかもしれません。
罪もないユダヤ人に対して、「悪」を働いたと。

しかし、ナチスから見れば、ヘンシュとシェイファーの行いは「善」であり、まぎれもなく、「正義」だったといえます。

これは、イラクで未だに止むことのない自爆テロを見ればわかります。
アメリカの「正義」と、アメリカを殺すことの「正義」。
イラクは悪の権化と吐き捨てたアメリカと、アメリカこそ真の悪であるというイラク。

相反する二つの「善」と、相反する二つの「正義」。
お互いの掲げる「正義」「善」の名の下に、おびただしい数の人間が死んでいく・・。

「善」か、「悪」か、なんて、人が変われば、歴史が変われば、その概念は簡単に入れ替わってしまう。

ドラッカーのいう「最大の罪」って何だろうと考えたときに、私は、「純粋」か、「純粋でないか」、というところに帰結していくのではないかと、ものすごく勝手ながら思っています。

ヘンシュは自分の野心のためにナチスに肩入れしました。
でも、野心を持つことは自体は、決して「悪」ではありません。
少なくとも、この時点では、彼は悪でも罪人でもない。
野心を叶えること、それを可能にしてくれるナチスに入ることは、彼にとっては、まぎれもなく「善」であり、「正義」だったはず。

シェイファーも同じ。
彼にとっても、自分のした行為は、まぎれもなく「善」であり「正義」の行動だったと。

それでは、一方で、「無関心」を装い、「現実を直視することを拒否」してしまった人たちはどうでしょう?

ヘンシュとシェイファーは、自分の欲望のために、確かに非人道的なことを行ったけれども、見方を変えれば、彼らは、自分の欲望に、自分の信じる正義に、少なくとも「純粋だった」といえます。

「純粋だった」ということに、善も悪もない。
善悪は、歴史が後から勝手に決めることだから。

しかし、「現実を直視することを拒否」してしまった人たちは、"自分のものさしで考えること"、"自分の思考"を、手放してしまった。
つまり、かれらは、自分に「純粋であること」を拒否した。
だって、そうすれば責任がないし、安全だし、何よりも、ラクだから。


「善」「悪」のものさしではなく、「純粋か」「純粋でないか」というものさしに変えて、今回のぼってぃーさんの問題提起を読み返してみたときに、今よりもう少し、ドラッカーの考えが、新しい視点で見えてくるような気がしています。

・・う~ん。こういうこと書くと、やっぱり、ぼってぃーさんの言うとおり宗教くさくなっちゃうんですよね・・。
逆にいうと、切っても切り離せない問題なのでしょうか。




以上、とっしーさんからのコメントでした。

こんなにも長いコメント……!
とっしーさんありがとうございました!


実はブログの記事を書いている途中で

「ドラッカーは、罪については書いているけど、
罰については何も書いていないなぁ」

と思っていました。

だからこそ、あそこで取り上げたっかたのは
具体的な行動ではなく、こころのあり方というか、姿勢についてだったのかな、と。


そう思っていたなかでの、とっしーさんの

>ドラッカーのいう「最大の罪」って何だろうと考えたときに、
私は、「純粋」か、「純粋でないか」、というところに帰結していくのではないか

という考えは、刺激的です。

善悪という視点で見ると、
ナチスは文句なく、悪になりますが
それはただ単に、ナチスが戦争に負けただけのこと、と言えるかもしれません。
もしナチスが戦争に勝っていれば、まったく違う世界になっていたでしょうし。

それに、善悪の視点から考えると
「無関心」はたいしたことがないようにも見えます。


もちろん、ドラッカーはユダヤ人で、大切な人をナチスに殺されてもいるので
ナチスの正義も、善も、決して認めなかったでしょう。

でもそんなドラッカーが、最大の罪の所在を「無関心」に
持ってきたということは……、考えれば考えるほど重いですね。


話が若干それてしまうかもですが、
僕自身、善悪をあまり考えすぎるのはあまりよくないな、と思っています。

もちろん、自分の意志、思考を持つことは大事です。

ただそれが行きすぎるとろくなことがありませんし、
善悪という概念で起きる争いは、
結局のところ、話し合いではなく力ずくになる気がします。

なので、
自分の中にははっきりとした善のイメージを持ちながらも
他人に強要しない。

しかし、誰かが自分にとっての悪を押しつけてきたときには
毅然として、自分の中の善を主張する。

というスタンスが大事なのではないかと。


コペルニクス的転回、という言葉がありますが
それを一年半ほどまえに、まさに体験してしまった僕としては

「自分こそが絶対正しいんだ!」

という主張は虚しく感じてしまえて……。


話それてますね。

ドラッカーがいうところの罪は、刑事罰をともなうようなものではなく
その人のあり方によるものだとすれば、

「純粋か」「純粋でないか」という視点は、大きいですね。




……読み返してみて、とっしーさんとの会話がかみ合っているのか
難しいところですが、こんな感じです!

まだまだ、もっともっと、深いところまで考えていかないといけませんね。


コメントについては……、
対策を立てます!

ご迷惑をおかけしました!
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Comment

あああーー!

こ・・、こんなにも大々的にとりあげて頂けるとは・・。な、なんか、、恥ずかしい・・。
コメント中に何か一発ギャグを挟み込んでおけばよかったです。(いらねー。)

・・さ、さて、やっぱりちょっとコメント長すぎたかな・・。はは・・。
きっとFC2に「コメント長すぎるからダメ~。」って、跳ね返されたのかも。(笑)
読み返すと、はしょっていい箇所がチラホラ・・。
もっと文章力を鍛えないといけないですね。

とっしーさん

コメントありがとうございます!

真面目に考えるときは真面目に、調子に乗るときは調子に乗るっていう感じで、メリハリがあった方が僕は好きですよ!
ながーいコメント、大歓迎です! FC2さんはそんなこと思わないはず。コメントは承認制にして、弾くことがないようにしていこうかと考えています!


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Author:ぼってぃー
キノキョウ-昨日より今日、今日よりも明日少しでも前進、向上!

税理士試験、受験生です。
昨日よりきょう、少しでも成長していきたいと思っています。ここでは主に本の紹介をしています。

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